だいたいだ。
何年か前から、おかしいと感じ始めていた。
一ヶ月以上も前から、ムードばっかり高めるだけ高めて。
不況であることを言い訳に、「稼ぎ時」とばかりに張り切っちゃうデパートとかさ。
「今年は庶民のクリスマス」とか言って、鍋とかちょこっと地味なものをさりげなく取り出してみたりして。結局はなんだっていいんだ。この雰囲気に乗ってしまえという商業的な顔が実に露骨に見える。
本家であるというプライドもあるから、なるべくそっちを向かないようにしてきたのだけれど、今年ばかりはどうも、そうも言ってられなくなってきた。
出社拒否をするようになっちゃったのだ。いや、出社ってのは、おかしいか。つまり「仕事に行きたくない」なんて言い出したのだ。
誰って。
そりゃ、おじいちゃんだよ。ぼくのおじいちゃん、知ってるでしょ?
そう、「サンタクロース」だ。
この分厚い扉の向こうに、ぼくを呼び出したおじいちゃんがいるはずだ。
コンコンとノックをしたけれど、返事は無い。ちょっと強めに叩く。ドンドン。返事は無い。
ぼくは、ぎいっと音を立てて扉を開けた。部屋は暗かったけれど、テレビだけは煌々と明かりをたたえていた。
「おじいちゃん?」
と、ベッドに向かって声を出した。
すると、うわっ、という声を上げて、おじいちゃんはベッドから起き上がった。後ろ手に隠したプレステのコントローラが丸見えである。
「よ、よくきたな」おじいちゃん=サンタクロースは、上ずった声を抑えながら、そう言う。いや、コントローラ隠したところで、画面に映っている、ゲームの画面は隠せない。って、じじい。ギャルゲーかよ。
わざとらしい咳払いをして、ぼくのほうに向き直り、改まった口調で言った。
「わしは、もう、ダメじゃ……。今年は、お前が、変わりに行ってくれんか……。」
なにがもうダメなのか、はよくわからないけれど、ここ数日の様子を見ていたらこうなるだろうなあという予想はついていた。
だから、もう覚悟は出来ていた。
「……まぁ、引っかかる部分はあるけれど、わかったよ。」
「そうか、やってくれるか。そう言ってくれるのを待っておったぞ。」
「で、衣装とトナカイなんだけれど……。」
「もちろん、用意してある。これを、着るがいい。」
そう言っておじいちゃんは、紙袋に入った衣装をぼくのほうに寄越した。
東急ハンズの袋であるところに一抹の不安を覚えたのだけれど、まさかここまではしないだろう、という予想をはるかに裏切ってくれた。
「……おじいちゃん?」
「なんじゃ。サイズが合わないか?」
「いや、そうじゃなくて。」
「じゃあ、なんだというのだ。」
「あの、これ……。」
なんで、ミニスカートなの?
ご丁寧にくるんとカールしたカツラと、白い膝までのブーツまで同梱だ。ぼくは、やれやれと、おじいちゃんに後ろを向かせて、のろのろと着替えた。
「こ、これでいいの?」
と、ぼくは、初めてはいたミニスカートで、涼しい膝をちょっと震わせながら、そう言った。
大きな丸いボタンがついて、襟元には白いファーが添えられている。太目のベルトがポイントになっていた。
じじいは、目をぎらりと輝かせて、萌え〜と叫びながら、ぼくに飛びかかろうとしたが、すんでのところでぼくはそれをよけた。
おじいちゃんは、咳払いを何度もした。ぼくの冷えた視線を避けるように、話題を逸らせる。
「トナカイもちゃんと用意してある。ほら、入りなさい。」
ポンポンと両手を打ち鳴らす。すると、ドアが開き、トナカイが入ってきた。
「ちゅーっす。」
……だから、なんで眉毛が無くてリーゼントにサングラスの男がトナカイなわけよ?
「安心しなさい。ちゃんと調教済みだ。」
何の調教だ。
「ブーツで蹴ると、速度倍増する。」
だから、何の調教なのか。
「鞭は、あまり入れすぎないようにな。」
やっぱり鞭かっ!
雪が降っていた。
既に街は白さに沈み、家から漏れるオレンジ色の灯りが、夜空に写り、待ちかねる子どもたちの目印となっていた。
そんな幻想的で暖かな光景の中、ぼくは、上半身裸の男を四つんばいにさせて、その後ろから、ミニスカートを押さえながら、蹴りを入れるんだ。
どうかしている。世紀末の次に待っていたのは、完全なる退廃なのか?
「いつでも行きますぜ、おじょうさん。」
「おじょうさんじゃない。」
「じゃあ、女王様。」
「やめろ。」
ぼくは、涙をこらえて、歯を食いしばり、鞭を振るった。
街の明かりが消えてしまい、夜明けまでのもっとも寒い時間帯が、仕事のピークだった。
もうすぐ夜が明ける。なんとか、仕事は無事に終わりそうだ。ちょっとほっとした。
「ごめんね、ずいぶん頑張ってくれてありがとう。」
ぼくは、背中に蚯蚓腫れを作っている、トナカイにそう言った。
「何をいってるんですか女王さ……おじょうさん。あっしは、これが仕事ですぜ。」
「そうだね。さすがだったよ。それと、ぼくは、おじょうさんじゃなくて、ぼっちゃんなんだけれど。」
「ああ。気にしないでください。私は、どっちもイケルクチですから。」
なにがイケルのか、は怖かったので聞かなかった。顔を逸らしながら「褒美は、おじいさんに言ってくれ。」とだけ言った。
トナカイは、一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐにニヤリとうなずいた。どうやら、本当にイケルクチのようだ。
子どものころはね。ぼくのおじいちゃんが、ホンモノのサンタクロースであることを信じることができなかった。だって、御伽噺だと思っていたのだもの。
だけど、少しずつわかってきた。ああ、そうか。ぼくが生きているこの世の中だって、御伽噺みたいなものなんだ。
モノに溢れ、あらゆることは便利へとまっしぐらだ。人々は新しいものを作り出し、先へ先へと進歩していく。
ちょっと前までは考えられなかったような、例えば携帯電話とか、インターネットとか、そういったものが現実となってしまった。
これから先はどうなるんだろう?
不安もあるけれど、ぼくにとって、今できることは、今をちゃんと生きることなんだって。
そりゃあねえ、いろんなことがあるよ。まさか自分がサンタガールになって、世の中に夢と希望と萌えを配ることになるとは思わなかったしね。
あはは。あ、いまんところ、文末に「(笑)」入れといてね。
さあ、もうひと頑張りしましょう。
今日が終われば、もう年末。そして、新年だ。
来年はどんな年になるんだろうね。
いい年にしようなあ。
「やはりですね。こう私の希望としましては。」
「うんうん。」
「メイドサンタ服ってのは、どうでしょう?」
「どうでしょう じゃねえよ。」
朝日が昇り始めた。きらきらと世界中に新しい光を満たしていく。
ぼくは、ちょっと力を込めてトナカイに蹴りを入れた。
どうもすいません。じゃなくて、
Merry X'mas! |